入魂の宿 海に魂が入る

廃校になったまま残されていた熊本県芦北郡津奈木町の赤崎小学校のスイミングプールを、アートと一体化した宿泊施設にリノベーションしたプロジェクト。

水俣ゆかりの文筆家、石牟礼道子の詩「入魂」に着想した柳幸典のアート空間と、小さな動植物の世界を同じ目線で体験するアートに生まれ変わったスイミングプール。

そして不知火海を撮影し続けた W・ユージン&アイリーン・スミスの写真が展示された特別な空間が、壊れやすい自然について思索を促す装置としての宿。

海に魂が入る

入魂の宿プロジェクト

本計画は、2010年3月に廃校となった津奈木町立赤崎小学校のスイミングプールとその付随施設を宿泊施設としてリノベーションするプロジェクトで、まるで海に浮かぶように建設された赤崎小学校のエリア全体をアートで再構成する構想の一つである。

赤崎小学校が面する不知火海は、高度経済成長期の大規模な工業災害の暴力にさらされた海である。その海を見るための特別な空間を有する宿泊施設「入魂の宿」は、津奈木町の未来を担う子供たちを育む役目を終えたスイミングプールを不知火海の閉鎖水域に見立てて、植物による水の浄化と同時に小さな生き物たちが共存する箱庭的空間と宿泊客が一体となることで、自然環境の壊れやすさについて体感してもらうための装置でもある。

「入魂の宿」の名称は石牟礼道子の詩「入魂」から引用した。「海に魂が入る」と石牟礼が表現するところの、海と天が結び合う瞬間を描いた美しい詩の世界を、地域資源の再生によって造形できればと着想した。

柳幸典

プロジェクト背景

つなぎ美術館の開館20周年記念プロジェクトで、2019年から2021年にかけて津奈木町から水俣市内の湯の児や鹿児島県伊佐市の曽木発電所跡まで幅広いリサーチを行い、不知火海に面した海からの視点で地域を繋ぐ「不知火海アート構想」を提案した。

その構想の中でも、水俣にとって重要な石牟礼道子やユージンスミスの作品が鑑賞できる場所がこの地域に全く無かったことは、地域の文化資源を発掘する上で特別に重要なことであると思われた。

合わせて、かつて日本で唯一海の上に建つ小学校であった葦北郡津奈木町の旧赤崎小学校は、地域においても特筆すべき魅力的な存在として本プロジェクトにおける重要な場であると思われた。塩害による本校舎の痛みは著しく外から鑑賞する方法しかなかったが、体育館とプールは痛みはさほど無く活用の可能性があり、宿泊施設が無かったこの地域に地域資源を再生するアートと宿泊施設が一体となったプロジェクトを着想することとなった。

建築設計:YANAGI + ART BASE
ディレクター/アーティスト : 柳幸典
アーキテクト:樫原徹・竹澤洸人/樫原徹建築設計事務所 + 工学院大学樫原研究室

マネジメント:つなぎ美術館、YANAGI STUDIO

津奈木町について

津奈木町は熊本県の南部に位置し、南側の水俣市、北側の芦北町に挟まれた人口4500人の小さな町。なだらかな低山に囲まれながら、西側には日本の地中海と言われる不知火海が広がっています。海に面した傾斜地ではデコポンなど柑橘系の農業、カタクチイワシ、チリメンジャコ、太刀魚、フグ、ヒラメ、タイなどの漁業などで栄える一次産業の町であるいっぽう、隣接する水俣市の工業排水に起因する水俣病の被害地域でもありました。1984年より、当時の町長は水俣病で傷ついた地域のイメージと住民たちの心を癒すために、アートこそが効果を発揮すると考えた「緑と彫刻のあるまちづくり」の取り組みを開始し、その拠点として2001年には町営の「つなぎ美術館」が開館しました。以降、近代美術から現代美術の展覧会を開催しながら、2008年から「住民参画型アートプロジェクト」、2013年から「アーティスト・イン・レジデンスつなぎ」など、地域に溶け込む積極的なアートプロジェクトが多数行われている。

アクセス

入魂の宿

住所:熊本県葦北郡津奈木町福浜167番地2